2018年5月9日

2800 < TB完売御礼 >

 ヘリコプター・ジャパン 2018年 2・3月号に「トラブルシューティング・ブック」完売御礼の拙文が掲載されました。ここに全文を再掲載します。

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トラブルシューティング・ブック読者の皆様へ

 拙著「トラブルシューティング・ブック - ヘリコプター整備士の故障探求法」(TB)は、2017年末に完売となりました。黄色い本と呼ばれ、おかげさまで多くの方々にお読みいただいています。
 今回「ヘリコプター・ジャパン」(HJ)編集部のご厚意で、皆様にお礼を申し上げる機会を頂戴しました。ここにTBをお読みくださった皆様と、ご助力をいただいた方々にお礼を申し上げます。

 私の整備士としての経歴は、グライダー、モーター・グライダー、曳航用飛行機からはじまりました。その後、ヘリコプターの運航会社で、整備、技術、検査、訓練を担当し、現在はエンジン・メーカーのフィールド・レップとして、ヘリコプターの運航会社、整備会社、機体メーカーへの技術サポートをさせていただいています。これらの仕事を通じて、航空機を飛ばすという共通の目的を持った多種多様な方々と共に経験を蓄積してくることができました。TBは私がこれらの経験によって身に付けてきた中から、トラブルシューティングの基本的な考え方と方法を書き出したものです。
 TBを作成した理由の一つは、私が先輩方から教わり自身の「経験」によって身に付けてきたことを次の世代に伝えることでした。なぜならば「経験則により整備士になっていく」ことが、だんだんと難しくなってきているからです。
航空機の品質は向上し、以前より整備をする機会は減少しています。定期点検の間隔は長くなり、不具合の発生率も低くなりました。これはとても良いことではあるのですが、整備士としての経験を積む機会は減少してきているともいえます。また、私たちの世代は「どうしたらできるか、頭を使って考えろ」と教育されながら経験を積みましたが、今の若い世代は「マニュアルや手順書にないことはするな」と教育されています。今と昔ではマニュアルの充実度が違いますし、整備技法も品質管理方法も進歩していますから、この変化は当然だともいえます。
 また、どの世代も単純にひとくくりにできるわけではないので、個人差もあります。しかし、これらの経験を積む環境の違いは、異なった結果を生み出すと考えられますし、既にそうなってきているようです。
 ここ何年か航空機整備では小型機や大型機の区別なく、技術は水平方向への横の展開が重要視され多くのことについて標準化が進められてきました。マニュアルや手順書、規程を作成し、それを遵守することで安全性や品質の向上をはかる手法です。これがマニュアルや手順書に無いことはするなといわれる元だといってよいでしょう。個人の技量や経験によるところが大きかったトラブルシューティングも例外ではなく、トラブルシューティング・マニュアルやフォルト・アイソレーション・マニュアルが作成され改訂が続けられています。これはハードウェアの高度化もあり、間違いなく必要なことではあります。
しかしながら、この水平方向への注力に比較して、垂直方向は充分には拾い上げられてこなかったように感じます。この垂直方向とはまさしく縦の関係性であり、マニュアルや文書にできない先輩から学ぶことや経験の蓄積によるものです。この縦の関係性は長いこと維持されてきましたし、その連続は今も途切れてはいません。しかし横への展開に注力した結果、弱くなったことも事実です。現状をよく見れば横方向は先輩方がすでに形にしてくださっていますから継続して発展させつつ、経験を軽視せずに縦方向を強化することでより良くできると考えられます。
 これは近年よく耳にする技術(技能)の伝承に関連しています。経験はその中の重要な要素であり、技術(技能)の伝承の難しさとは、経験値の申し送りの難しさだともいえるからです。私たちは、この現状を冷静に分析し、技術(技能)の伝承をどうようにすべきかを考え実行しなければなりません。
 HJ誌上でも操縦士や整備士の不足に対する警鐘と提言が多方面からなされています。大きくは制度的な改善をしなければなりません。そして同時に人にも目を向け対処することが必要です。なぜなら操縦も整備も人のすることなのですから。幸いにも、自身の経験と先輩方から学び吸収し、後につづく人達にそれを引き渡すことが先人への恩返しだと考え実行しているメンターたる方々が、航空業界には数多くいらっしゃいます。また組織的な種々の取り組みも数多くなされています。
 私自身はいまだ修行中の身ではありますが、「先輩への恩返しは後輩に」の精神で自分にできることを微力ながら続けています。その一つがTBの作成でした。そしてこの取り組みをもう一歩進めるために「トラブルシューティング・ブック・プラス」(TB+)をウェブ・サイト上で公開していますので、ぜひお読みください。
 TBのみならず既にTB+にも多くのご意見やご感想をいただいていますが、ある程度以上の経験を持っている方々の感想には共通点があります。要約するとTBとTB+の内容は目新しいものではないということです。これは整備士以外の職種の方々でも同じでした。当然この方々の経験は同一ではありませんから、多くの異なる経験の中に共通項(ある種の公式)が存在しているのだといえます。
 私が経験によって身に付けてきた基本的な考え方と方法を書き出す作業は、この共通項を抽出することでもあります。これはTBとTB+が事例集にはなっていないことでおわかりいただけるのではないでしょうか。

 この後も「基本的な考え方と方法」の抽出をTB+で続けていきますので、ぜひご意見とご感想をお寄せください。そしてこの取り組みの継続が、技術(技能)の伝承の一助となることを願っています。
 最後になりましたが、TBを本にする機会をくださったHJ編集部の皆様にあらためて心からの感謝を申し上げます。


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☆☆☆2800☆☆☆

2018年3月